札幌高等裁判所 昭和55年(ラ)21号 決定 1980年6月02日
抗告人(債権者)
株式会社地崎工業
右代表者
小山内了介
右代理人
藤井正章
相手方(債務者)
地興石産株式会社
右代表者
藤野正三
第三債務者
国
右代表者法務大臣
倉石忠雄
主文
原決定を取消す。
債権者抗告人、債務者相手方、第三債務者国間の釧路地方裁判所帯広支部昭和五五年(ル)第三六号債権差押命令により差押えた、別紙差押債権目録記載の債権は、抗告人の相手方に対する別紙請求債権目録記載の支払にかえ、券面額でこれを抗告人に転付する。
理由
一本件抗告の趣旨は、主文と同旨の裁判を求める、というものであり、その理由は、別紙記載のとおりである。
二当裁判所の判断
抗告人が転付を求める別紙差押債権目録記載の債権(以下「本件差押債権」という。)は、相手方の第三債務者に対する損害賠償債権であるところ、本件差押債権に基づく、相手方から第三債務者に対する損害賠償請求訴訟である東京地方裁判所昭和五二年(ワ)第一七五〇号損害賠償請求事件について、第一審判決が言渡されたけれども、右判決は、未だ確定していないことは、抗告人が自認しているところであるが、本件差押債権は、その請求訴訟である右訴訟事件の判決の確定によつて形成されるものではないから、右訴訟事件の判決が確定しない限り、本件差押債権には券面額がない、というものではなく、ただ、第三債務者がその存否、数額を争つて、右訴訟事件が係属している以上、右訴訟事件の判決の確定等によつて、その存否、数額が確認されるまでは、その客観的に存在している数額を確知することが困難であるに過ぎない。
よつて、本件差押債権は券面額のない債権であるとして、抗告人の転付命令申請を却下した原決定は失当であるから、民事訴訟法第四一四条、第三八六条により原決定を取消して、抗告人の申請を認容することとし、主文のとおり決定する。
(輪湖公寛 寺井忠 矢崎秀一)
【抗告の理由】
一 本件の原決定は、転付命令申請を却下した理由として、
「本件差押債権は判決により認められた損害賠償請求権であるところ、右判決は未だ確定しているとは認められず、従つて券面額が存在しているとは認められない」
と摘示されている。
二 本件の差押債権は、訴訟係属中の損害賠償請求債権であつて、債権差押並びに転付命令申請をした昭和五五年四月三〇日の段階では、同年四月二八日に第一審判決の言渡があつたばかりで、右判決は未だ確定していないところであり、更に訴訟手続上の見込としては、控訴審、上告審と続いて判決の確定はまだ数年先となることが裁判上顕著な事実として推測されるところである。
三 ところで原決定の理由は、本件差押債権は、
1 判決により認められた損害賠償請求権であり、
2 判決は未だ確定しているとは認められず、
3 従つて券面額が存在しているとは認められない
から転付命令は許されないというのである。
四 しかしながら、判決が確定されていなければ、券面額が存在しないということであれば、差押債権が訴訟係属中であればすべて券面額が存在しないということになり、訴訟手続中の差押債権は判決確定まで転付命令が許されないということに帰する。
この理由は、同一性質の差押債権であつても、第三債務者が任意に弁済する債権であれば転付命令が許され、第三債務者が任意に弁済することなく、理由の有無にかかわらず争つている債権であれば転付命令が許されないということになり不合理という他はない。
五 民事訴訟法の規定のうえから、訴訟手続中に転付命令を許されないとしたものは同法第六〇七条の制限だけである。
右規定も請求債権が仮執行宣言付判決で、債務者において担保提供による執行免除がなされているときは転付命令が許されないと極めて限定された場合に限つている。
換言すれば右規定は請求債権の訴訟係属中の問題について制限したに過ぎないのであつて、差押債権については、訴訟係属の有無、訴訟係属中であることに何も制限はなされていない。
六 従つて差押債権に券面額があるか否かの問題は、訴訟係属の有無とか判決が未確定であるとかが問題ではなく、差押債権自体の性質にかかることである。
券面額のない債権というのは、金銭債権であつても、
条件付債権
他人の優先権の目的となつている債権反対給付に係る債権
等であり、転付適格を否定した判例としては、
(1) 将来の家賃債権
(2) 将来の給料債権
(3) 長官の決済または辞令交付前の年末賞与金
(4) 株主総会決議による配当金額確定前の株式利益配当請求権
転付適格を肯定した判例としては、
(1) 工事完成前の請負代金債権
(2) 同時履行の抗弁権付の売買代金債権
(3) 議会召集に応じない前の衆議院議員の歳費請求権
がある(最高裁判所判例解説民事篇昭和四〇年度四〇頁から五〇頁参照)。
最高裁判所昭和四〇年三月一九日第二小法廷判決において法定地上権の地代確定訴訟の第一審判決の言渡後その確定前になされた右地代債権に対する転付命令は、第一審判決において認められた地代の額の範囲内においては、無効とはいえない旨判示されている(前解説参照)。
七 本件における差押債権は、損害賠償債権であつて、前掲の条件附債権でもなければ、他人の優先権の目的となつている債権でもなく、反対給付にかかる債権ではない。
本件においては、訴訟手続となつているので、最終的には裁判所の判断によつて認定される額となるのであるが、それは訴訟手続上の問題にすぎないのであつて、損害賠償債権は元々原因があり、結果があつて、損害が発生して客観的に損害額は確定しているものであつて裁判所の判決確定によつて生みだされるものではなく、券面額のある金銭債権である。
八 本件は、訴訟が係属中であるから転付命令によつて転付されたあと、債権者が転付された限りにおいて訴訟承継の問題が生ずるだけであり、第一審判決後仮りに債務者の第三者に対する認容額が変更になつたとしても差押債権に記載した債権が実質上存在しなかつたことにより執行不能を来すだけである。
九 以上の諸理由により、原決定の理由としたところは転付命令及び差押債権の解釈を誤つた違法があるので、抗告の趣旨記載のとおりの決定を求めます。
差押債権目録
一、金四四、三七七、七九六円也
但し、債務者(原告)と第三債務者(被告)間の東京地方裁判所昭和五二年(ワ)第一、七五〇号損害賠償請求事件について、昭和五五年四月二八日、同裁判所が言渡した判決に基づき、債務者が第三債務者に対して有するに至つた損害賠償請求債権元金五一、二一四、二〇〇円の内金。
請求債権目録
一、金三三、五五五、三〇三円也
但し、債権者・債務者間の釧路地方裁判所帯広支部昭和五一年(ワ)第四三号事件判決の執行力ある正本に基づく請負代金債権元金残。
一、金一一三、九四九円也
但し、右事件判決に基づく請負代金請求債権元金三四、一五六、三〇〇円のうち金六〇〇、九九七円に対する昭和五一年四月一日から同五二年七月一八日まで日歩四銭の割合による遅延損害金。
一、金一〇、七〇五、八四四円也
但し、右元金残金三三、五五五、三〇三円のうち金三二、一六九、〇〇三円に対する昭和五三年一月二一日から同五五年五月一五まで日歩四銭の割合による遅延損害金。
一、金二、七〇〇円也 執行準備費用
内訳
金五〇〇円也 本申立書貼用印紙代
金一五〇円也 本申立書書記料
金三五〇円也 本申立書提出費用
金一〇〇円也 資格証明申請料
金一〇〇円也 右提出並びに受領費用
金一、五〇〇円也 本命令送達費用
右合計四四、三七七、七九六円也